2021.08.23 UP

ホタルよ、どうか許しておくれ

予土線沿線の地域にも、梅雨の季節が訪れ、じめじめした日が続いている。と同時に、雨上がりの夜にはホタルが舞い始める。なんとも幻想的な里山のひとときである。そんな美しいホタルについて、私が思い出すのは鬼北町(当時の広見町)に家族で引っ越した小学生だった頃のことだ。わが家で起こったある初夏の出来事を綴ろうと思う。

まるでホタルの様に走り去る予土線の列車 深田-大内 撮影・坪内政美

私たち家族はそれまで宇和島市内の(比較的)街中に住んでいたのだが、私が小学5年生のある日のこと、突然父が「これぞわしの理想の暮らしや!」と当時放送されていた国民的ドラマ「北の国から」に触発され、あれよあれよと鬼北町の里山に土地を買い、一軒家を建ててしまった。父は大工だったので、どうやら私たちに内緒でこつこつと家を建てていたのだが、そんなことはつゆ知らず…子どもだった私には、当然のように何の相談もなく、「明日から引っ越しの準備や。1週間後にはあっちに住むことになるぞ」とこうである。私はあまりに横暴なこの言葉に、友達や学校の先生との別れに心の準備をする暇もなかった。しかも、引っ越し準備は自分でやりなさいと言う。当時暮らしていた家には、どこかで拾ってきたキューピー人形やめったに買ってもらえなかった宝物のシルバニアファミリーのウサギやモグラたち、関節がくねくね曲がる聖闘士星矢のフィギュアなど、とにかく大切なおもちゃが部屋にあちこちと大切にしまっていて、それらを他の引っ越しの箱とごっちゃにならないよう、絶対になくさないよう、おもちゃを守るのに必死だった。どさくさに紛れておもちゃたちが行方不明になるかもしれない不安を抱えて1週間はあっというまに過ぎた。

宇和島の小学校最後の日となった。その日の午後、担任の先生が「山下さんはおうちの都合で転校することになりました。今からみんなで似顔絵を描いてお別れ会をしましょう」と急きょ学級会を開いてくれた。情に厚い先生で、私に思い出を作ってくれようとしてくれたのだと思う。しかし、同級生たちは、あまりに突然のお知らせだったので「え、なんで?なんで?」とざわざわしていたが、引っ越しする理由が『ただ父が「北の国から」に感化されて、ちょっとだけ今より山深いところに家を建てたからよ』なんて納得いかないでしょう。「どういうこと?」ってなるでしょう。大人だけで勝手に決めてしまったことであって、運命に翻弄されるとはまさにこのことだ。週末いっしょに自転車で遊ぼうと約束していた仲良しの男の子や女の子とも「またね、元気でね」なんて思いがけない突然のお別れのあいさつを交わした。熱血漢だった先生は全員が描いた絵を束にして私に手渡し、「引っ越した先でも元気で、楽しく過ごせよ」と涙ながらにぎゅうっと握手をしてくれた。大きくて優しい目を覚えている。

そして、引っ越してすぐに鬼北町の小学校に登校した。なんとその小学校では、全員ネイビーのブレザーを着ていた。制服着用の学校だったのだ。私と当時小学2年の弟は、体育館に集まった全校児童の前で「きょうからこの学校でいっしょに勉強をするお友達です。みなさん、仲良くしましょう」と大々的に紹介された。全員同じ制服を着て行儀良く座っている姿に圧倒され、おなかの真ん中にトムとジェリーがプリントされたTシャツと黄色い半ズボン姿の私は恥ずかしくてしかたかなった。母ものんきな性格なので「あら、制服やったの。ほんなら頼んどくわ。しばらく私服で行くしかないわ」とあっけらかんとしたものだった。

しかし、同じクラスの女子たちは、転校早々私服姿で登校してくる私に容赦なく攻撃を開始した。1人だけみんなと違う格好をしているというだけで、はみ出しもの扱いだった。「制服の学校に、私服で来るなんて度胸あるじゃない」といったもんで、靴に画鋲が入っていたり、歯ブラシを水たまりに投げられたり、初日そうそう事件の連続である。どうやら私服での登校が挑発的に見られたのか、声をかけようにもみんながそよそよしく、まだそろっていない教科書を見せてほしかったけれど、私は隣の席の子にすら声をかけられないほどしょぼくれてしまった。

そんなことにはちょっとも気付かない父と母は、せっせと新居の片付けをしているのだが、晩ご飯の時に追い打ちをかける一言が告げられた。「うちは集落の一番奥やけん、電気はなんとか間に合ったけどテレビの電波がまだ届かんそうや。アンテナを付けるまでテレビは半年ほど見れんぞ」。がーん!!あんなに毎週楽しみにしていたドラゴンボールもあぶない刑事も見れないなんて。信じられない!おもちゃも大事だったけど、その次くらいにテレビの存在は大きかった。いうなれば、そのときの学校でのしょぼくれた気持ちを取り除いてくれる唯一の手段だったかもしれないのに!!テレビが映らない。もう絶望的だった。なんてところに引っ越してきたんだ。ラジオもねえ、テレビもねえ、おらこんなうちいやだ~!!

大人たちは片付けというやらなければならないことに追われているけれど、弟は無邪気におもちゃと遊んでいるけれど、私はテレビが見たい。テレビを見たら、翌日に「ねーねードラゴンボール見た?悟空やっぱり強いよねー」とクラスの子と話すきっかけにもなるかもしれないというのに。ああ、それもかなわない。私は急に怒りのようなものがこみ上げてきて、「もうなんで引っ越しなんかしたんよ。お父さんやお母さんのせいで最悪や。テレビが映らんなんて聞いてない!!」と思わず不満を口にした。父は「そのくらい我慢せい!」と強く言い放って、話はそれで終わり。それからしばらく学校には通ったが、テレビの話題にも口を挟めず、クラスメイトと話すきっかけもなく、私が制服を着ても状況は変わらなかった。集団登校で一緒になる学年違いの子や下校が同じ時間の男子とは、普通に話もしていたけれど、教室の移動や休み時間に仲良くできる女子がいないと、けっこうさみしいもんである。「引っ越してもいいことなんて何にもないやん」と。

1週間ほどして私は「もう学校行かん」と母に告げた。行きたくない理由を言わなかったので急きょ、家に先生たちがやってきた。そしてようやく、うちの両親は私が学校でうまくいっていないことを知ったのである。おおらかな母は、行きたくなるまで行かなくてもいいよと言ったが、父は特に何も言わなかった。ただクラスでは、担任の先生がこのことをクラスのみんなに打ち明け、なんとか改善しようとがんばってくれた。女子たちがこぞって私を相手にしなかったことを知っていた男子も口を割って話し始めた。そのおかげで、私がさみしい思いをしていたことがみんなにわかったようで、これまで話をしたことがなかった同級生たちがぽつぽつと話しかけてくれるようになった。

予土線沿線にもホタルが飛ぶポイントがある。 近永-出目 撮影・坪内政美

ある晩、父は何を思ったのか、私と弟を家から連れ出した。田んぼに囲まれた家のまわりにはホタルが飛んでいたのだ。「きれいやろう」と父は田舎に引っ越してきたことを全肯定する言いっぷりだった。たしかに、宇和島では見ることのなかったたくさんのホタルが飛び回っていた。簡単に手で捕まえられる。手のひらで、明るく光を放つホタルを見ているとちょっとわくわくした。ホタルはもともとはこんな姿ではなく、一生のほとんどを水や土の中でじっと過ごし、夏の夜に成虫になり、体を発光させて子孫を残すのだ。そうご立派に説明した後、父はいいことを思いついたと言わんばかりの表情で「こんなにおるんやけん、ホタルを集めて家の中で見てみるか」と言い出し、虫かごにどんどんホタルを集め始めた。私たちも楽しくなり、ホタルを捕まえた。それを家の中に持ち込み、部屋の電気を全部消した。そこへ虫かごいっぱいのホタルを放った。それはそれは神秘的で、まるで宇宙の中にでもいるようで初めての光景だった。真っ暗闇に、ぽわんぽわんと小さな光が柔らかく規則的に光っていた。「お父さん、すごいねーホタルいっぱい。田舎に引っ越してきて良かったね」と私は思わずそんなことを口にしていた。「そうやろう、そうやろう」と父は満足げな笑顔を浮かべ、私たちは満足して寝てしまった。

今思えば、残酷なことをした。父にすっかり乗せられてしまったと激しく後悔したのは朝だった。ご想像のとおり、朝起きて家の中を見ると、大量のホタルがごまつぶのように床に落ちて死に絶えていた。ホタルが舞うのは、わずか数日のみ。はかない命を私たち親子のせいで一晩で使い果たしてしまったのだ。「うわあ、なにこれー!!!」と母も悲鳴を上げた。理想の田舎暮らしも現実にはきわめて不誠実で、私たちはホタルの大量虐殺をやってしまったのである。その惨状は今でも目に焼き付いていて、毎年この季節になると脳裏によぎるほどだ。ホタルからしたらとんだ災難である。捕らえられ、子孫を残せずに散っていった命。もう光を放つことなく動かなくなってしまったホタルを見つめながら、なんてことをしてしまったんだと悔やむばかりだった。

今思うと、この頃の私は「何にも良いことないや」とくよくよしては、まるで世界の終わりのようにしょぼくれていたが、こんな目にあったホタルと比べればなんてことはなかったのだ。命を取られたわけでもなく、私は日々を生きていた。やがてテレビも映るようになり、近所の子どもたちと一緒におやつを食べながらあぶない刑事やスケバン刑事も(もちろんドラゴンボールも)見れるようになったし、カエルやセミを捕まえてはその造形美をしげしげと観察し生き物の魅力にどきどきわくわしするようになったし、そうしてだんだんとさみしい気持ちは薄れていった。中学生にあがる頃には、気の合う友達もできていた。

日が暮れると、予土線沿線の水田には夜汽車が映り込み、ガタンガタンと通り過ぎていく。そしてその闇の中を小さな光が舞っている。あるがままのホタルを愛でるだけで十分に美しい。その光の数が昔と比べ少なくなったのは、あのときの私たちのせいかもしれないな、とひそかに反省するのだ。どうかホタルよ、許しておくれと。

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