- 2024.06.12 UP
私は銭湯が好きだ
温泉ならなおさら、私は銭湯が大好きだ。家に風呂がなくたって、徒歩圏内に銭湯があればいい。旅先でも一番になって探すのは銭湯なのである。湯につかる幸せは、どんなストレスもぶっ飛んでしまうほどだ。おおげさではない。本当に日本人で良かったと心から思えるのが銭湯なのだ。
四国で唯一となる温泉がある駅であり、温泉ソムリエたちも注目する。(撮影・坪内政美)
JR予土線の銭湯、いや温泉と言えば、松丸駅にある「ぽっぽ温泉」だ。松野町民のみならず、鬼北町民のわが家族をはじめ、私もしばしば通っている。源泉は「大門温泉」と書かれていて、冷鉱泉であるため、薪ボイラーで沸かしている。駅舎と一体化しているため、露天風呂からは「ぽっぽの窓」を開けて、列車を見ることができる。おいっことめいっこが保育園児だった頃、わざわざ停車時間に合わせて露天風呂に行き、上り列車と下り列車を見届けるというのが定番だったが、小学生になった2人と一緒に風呂に行く機会はめっきり減ってしまった。それでも、予土線に一番近い露天風呂はちびっこたちをわくわくさせる。そのため、裸ん坊で「ぽっぽの窓」を開けて列車を見ているちびっこによく遭遇する。「わー電車来たよー」という声を聞くと、「電車じゃなくてディーゼル車なんやけどな」と訂正したい気持ちをおさえるのだが。しかし、湯に浸かってさえいれば、そんな小さなことなぞ、気にならないくらい気分は最高に良いのである。
露天風呂から予土線をのぞき見できる「ぽっぽの窓」。(撮影・坪内政美)
松丸駅に到着するしまんトロッコ。一本前に乗って足湯を楽しみたい(撮影・坪内政美)
宇和島駅から歩いて10分ほどの場所に、かつて「丸穂温泉」があった。ばあちゃんの家からはわずか100メートル、1分ということもあり、風呂のない家だったが何の不自由も感じなかった。番頭のおばちゃんとうちのばあちゃんは、それはそれは仲良しで、銭湯に行けば、常連のおばちゃんたちとおしゃべりが弾み、地域の社交場そのものだった。互いの健康や旦那の悪口など、包み隠さずしゃべくりまくる銭湯の時間は、子ども心に楽しくて仕方がなかった。私は子どもの頃から、ばあちゃんちに泊まるのが大好きだった。ばあちゃんちが大好きだったのは、ばあちゃんと銭湯に行くことが楽しかったからにちがいない。じいちゃんもときどき一緒に行った記憶があるが、基本的にじいちゃんはサウナが好きだったのでほかの銭湯に通っていたようだ。丸穂温泉に、サウナはない。まん中に大きな楕円形の浴槽があり、端っこに小さな薬湯があっただけだ。シャワーも壁からにょきっと出ているだけのシンプルさ。全面タイルの床は、きれい好きで働き者の番頭のおばちゃんがいつもピカピカに磨いていた。年季は入っていたが、本当に清潔感のある銭湯だった。後継者がおらず、やむなく廃業したができることならば復活したいと激しく思うほど、あのたたずまいが好きだった。温泉と名がついていたが、ただの湯を沸かしていただけだったにもかかわらず、湯上がりのそのぬくもりは今でも忘れられない。
宇和島市内の銭湯もいつのまにやら、「つるの湯」、「松の湯」、「大黒湯」の3つを残すのみ。ばあちゃんは、丸穂温泉よりちょっと遠い「つるの湯」に通っている。少しくらい歩く距離が長くなっても「風呂が一番」というばあちゃん。まったくもって同意見である。そこでも、ばあちゃんは常連のおばちゃんたちに会っておしゃべりをしたり、背中を流しあったりしているようで、楽しそうに銭湯通いを続けている。私はといえば、自宅から一番近い「大黒湯」に通っている。4の付く日が定休日で、仕事を終えてから行くことが多く、ほとんど閉業の1時間前にだいたいひとりぼっちで入る。この銭湯はサウナもあれば、水風呂もある。薬湯も、熱湯風呂もある。私が入る時間帯は、男湯がにぎわっていて常連らしいおじちゃんたちの話し声が聞こえてくる。銭湯ならではのエコーがききすぎていて、声はすれども話の内容は全くわからないが、なんだかほっとするのである。
ことし、ちょうど5月5日のこどもの日に、めいっこがうちに泊まりに来た。てくてく歩いて2人で「大黒湯」へ行った。すると、湯船には青々とした菖蒲が浮かんでいるではないか。めいっこの背丈を超えるほど立派な菖蒲の束。うわあ~、最高!!「これ、何?いい香りするね」とめいっこは初めて見る光景にきょとんとしている。「これは、菖蒲や!端午の節句には、菖蒲湯に入るんよ」となんともすがすがしい香りを放つ湯に浸かり、いつもの銭湯がなおいっそう輝いて見え、私は倍増した幸福感に満たされた。幼い頃にばあちゃんと通っていたかつての丸穂温泉もまた、こうした年中行事を大切にする銭湯だった。これぞ、日本の銭湯文化だと改めて激しく感動した。次は、冬至のゆず湯に私がまた激しく感動することは想像に難くない。銭湯でも温泉でもいい、予土線でめぐる湯の旅もおすすめである。