- 2019.03.29 UP
「君は電車を運転したことがあるか」
「電車を運転する」というのは、ザ・おとなのロマンである。いい歳のおとなになってふと「将来は、電車の運転士になるんや!」なんて夢見ていた子どもの頃を思い出したりする人もいるだろう。実は、不肖わたくし、つい先日電車を運転してしまいました。もちろん無免許です。
そのきっかけは、高知県予土線利用促進対策協議会が主催する視察研修でのこと。地域と密着した鉄道会社を訪ねよう、ということで島根県の一畑電車にやってきた。一畑電車といえば、映画のロケ地になったことでも有名であるし、なにより出雲大社のお参りに利用する観光客や地元の学生には欠かせない交通手段となっている。もちろん沿線住民にとっても暮らしを支える大切な鉄道だ。研修会では、運輸部長の石飛さんがわれわれ一行を出迎えてくれ、経営状況を始め、いかに地域の人びとに愛されている鉄道であるかを熱心に話してくださった。それはそれはまじめな視察だったのだ。
ところが、である。日も暮れ始めたころ、石飛さんが突然、視察という名目をすっかり忘れてしまうほどの一言を発したのである。「うちの電車、運転してみますか??」えええーーーー!!!本当ですか???電車を運転???このわたしが??ご冗談を。はたまた、出雲の神様たちのいたずらですか??と何度も耳を疑った。そんないきなり運転なんてできるものなんでしょうか??とドキドキしながら、石飛さんの後ろをついて行くと、駅の構内にある車庫に到着した。そこにいたのは、オレンジ色の四角いボディに、黒くて丸い屋根、琺瑯(ほうろう)の「急行」ヘッドマークを装着した「デハニ50形」だった。
デハニ50形は、昭和初期に製造された古い車両。車内に一歩踏み込むと、一瞬でタイムスリップ。木製の床に窓枠、丸い天井、えんじ色のモケットの座席。当時の(まだ生まれてないからあくまで想像だが)香りがプンプン漂ってくるのである。これを運転できるなんて、まるで夢のよう!!
そわそわしているわたしに、ベテラン運転士さんがそっと白い手袋を渡す。「これ使ってください」と。その手袋にはバタデンのロゴマークが赤くプリントされている。小さな運転席に乗り込んで、腰掛ける。なんだなんだ、この目の前にあるレバーたちは!どれがどれだかわからないぞ~。いつも予土線の運転士さんを近くで見ているくせに、いざ運転席に乗り込むと、どれをどうやって動かしてるのか全くわからないぞ~。とりあえず、ベテラン運転士さんの言われるがまま、レバーを握る。右手で握っているのがブレーキ、左手で握っているのがマスコンというらしい。
おそるおそる前方の安全を目視。「前方よし、出発進行」と声を出して指さし確認。レバーを握り、圧力計を見ながら右手でブレーキを外す。そして、ゆっくりと左手でマスコンを動かすと、、、ガコン!!!う、動いた!!!どんどん加速。グオーンと高いエンジン音が鳴り始め、「はい、緩めて!!」マスコンを元の位置に戻し、ブレーキをじわっとかける。電車は徐々に速度を落とし、プッシューと音を立てて停車した。なんと奇跡的に停止線ぴったりに停車できているではないか!!!ほほ~わたし才能あるかも。いやいや、運転士さんの言うとおりに動かしただけやがな、と内心ツッコむ。どんなに冷静になろうとも、興奮はいっこうに冷めるようすもなく、わくわくは持続したまま夜が更けた。レバーを握っていた手の感覚とあの緊張感がいつまでも残っていた。
この運転体験は、一畑電車の年間収益の柱にまで成長しているプログラムなんだとか。申し込みが年々増え、平成23年には駅構内に150メートルの専用線を設置し、通年開催できるようにしてしまったのだという。日本最古級の電車を運転できるなんて、それはもうこの上ない体験。中には、県外から通いに通い続け、ついに一畑電車沿いに引っ越してきたという御仁もおられるんだそう。まさに沿線地域にファンを呼び込んでしまった好例である。
実は列車の運転体験、予土線の人気者でもある「鉄道ホビートレイン」で実施されたこともあり、かくいうわたしも取材させてもらった。このときばかりは、普段「こら、おとなの言うことをちゃんと聞きなさい」なんてしかめっつらして子どもを叱りつけているお父さんたちが、運転席に座るやいなや、目尻を下げてにんまり顔になって素直に「はい」と運転士さんの言うことを、ちゃんと聞いているんだから、ほほえましいったらありゃしない。そう、まさにロマンなのである。ロマンのためなら、いい歳したおとなも運転士さんの言うことはなんだって聞けちゃうのである。少なくとも、わたしはそのときのお父さんたちの気持ちがよくわかる。運転士さんはすごいのだ。あの緊張感。大きな車両を日々、乗客を乗せて安全に運転しているのだから、運転士はロマンだけではつとまらないな、なんてことを思うのであった。