2020.03.10 UP

油断めさるな、サルにご注意!!

予土線といえば、なんといっても大自然。そう、よく言えば、大自然。見上げると、高いビルヂングが空を覆うのではなく、小高い針葉樹が空を縁取るような大自然である。予土線の車窓には愛媛県側はのどかな田園風景、高知県側は壮大な四万十川が広がるのだ。そんな豊かな自然あふれる予土線沿線の思い出のひとつに、「滑床渓谷」がある。

年季の入った滑床渓谷レリーフ。実は足摺・宇和海国立公園の一部だ。(撮影・坪内政美)

滑床渓谷は、高知県に近い松野町と宇和島市にまたがる国立公園で、新緑のころから夏にかけて川遊びもできるし、秋には紅葉、冬には雪景色と四季折々の楽しみが詰まっている。私も子どもの頃から、家族でよく訪れてはキャンプをしたり、川でちゃぷちゃぷ遊んだりしたものだ。が、しかし!!ここで最も気をつけなければいけないのは、滑床渓谷の代名詞とも言えるサルの存在だ。今でこそ、その数は減少したと聞くが、当時は手に弁当をぶら下げて車から降りようものなら、親が血相を変え、それはもう厳しい口調で「サルにとられたらいけんけん、しっかり弁当握っときなさいよ!!」と、こう言うのである。とにかくサルがたくさんいて、中にはしっかりボスザルもいて、ちゃんとしたサル軍団が君臨していたのだ。(松野町には、サル博士と呼ばれた、滑床渓谷のサルのことならなんでも知っている名物おじさんもいたほど。)サルは気配を消して、音もなく近づき、食料をちらつかせようもんなら、さっと盗られるしまうのだ。サルのおしりは赤くてかわいいな、なんて悠長なことを考えることもなく、サルに対する強い警戒心を持つことこそ、滑床渓谷を訪れる心得のように感じたものだった。

滑床渓谷付近にはこんな立て看板が。(撮影・坪内政美)

私が中学生のとき、鬼北町に住んでいたことから、幼い頃に両親と何度も車で訪れた滑床渓谷は、身近な存在だった。そして、さらに思い出深い場所となったのは、中学2年の3月のある日のことだった。私は同級生のりかちゃんに「一緒に滑床渓谷へ行かない?」と誘いをかけた。その頃、私とりかちゃんは、唯一所有しているスーパーマシンことママチャリをかっ飛ばしては、土日にあちこちでかけるのが楽しくてしょうがなかった。所持金は1人500円。ジュースもアイスも買える十分なお小遣いである。目指せ、滑床渓谷!!集合場所にしていたのは、国道320号線と381号線が交わる交差点。(今で言うと、ちょうど『道の駅森の三角ぼうし』付近)そこには、国道にでーんと滑床渓谷への案内看板が立っている。まさしく待ち合わせ場所にふさわしい。それを見て私はりかちゃんに言った。「『滑床渓谷まで2.2キロ』と。余裕やん」と。りかちゃんも「近いね、うん近い近い」と余裕である。片道4キロの通学路を毎日歩いて、週末にママチャリでどこへでも行く私たちにとって、2キロなんぞ、へのかっぱである。いざ出発!私たちはママチャリをこぎ始めた。

が、出発してまもなく、出目駅を通過する予土線のワンマン列車ががたんがたんと私たちを追い抜いていった、そのとき!私ははっと思い出したのだ。鬼北町の自宅から滑床渓谷までは、たしか車で30分ほどぐねぐね山道を走ったような・・・。坂を越えて、松野町に入り、松丸駅にいたおばちゃんに聞いてみた。「おばちゃん、ここから滑床渓谷まであとどのくらいやろ?」「あんたら、何で来たの?え?自転車??そりゃあ、1時間といわんかかるわ。20キロ近くあるで」ひょえええ~!!!20キロ?!だって案内看板には、『2.2キロ』って・・・あ、もしかして『22キロ』??そうなのだ、看板にはゴミでもついていたのだろう。2と2の間に点のように見えたのは、私の見間違いで『22キロ』が正解だったのである。「どうする?行く??」と急に怖じ気づいた私。でも、りかちゃんは「滑床渓谷にはレストランもあるんやろ?そこでご飯食べて川で遊んで帰ったらいいやん」と明るい返事。いつも通っている自宅から学校までの距離は片道4キロ。中学生の私は、22キロという想像を超える距離に内心びびりながら、りかちゃんの楽観的な考えに「行ってみるか」と最強マシンと信じて疑わないママチャリを再びこぎ始めた。

とはいえ、22キロは遠かった。何度も坂を越え、トンネルをくぐり、ひたすらペダルをこぐのだが、いったいどんだけ進んだかわからない。息を切らしながら、りかちゃんと大きな声で歌を歌ってはペダルをこぎ続けた。その途中、イチゴを販売している直売所を見つけた。おお!なんと1パック200円。赤く熟していて、もう見るからに甘くておいしそう。私はのどがからからだったけれど、「このイチゴは滑床渓谷に到着したら川に足をつけて2人で食べようではないか」とえらそうにもったいぶって、この過酷な自転車旅のゴールにふさわしいご褒美として、りかちゃんと分かち合うことにしたのだ。2人で100円ずつ出しあい、そのイチゴをリュックに入れて、私たちはどんどん細くなる山道を進んだ。木々がトンネルのようにうっそうと立ちこめ、だんだん空気も涼しくなってきた。川だ!道沿いに川が見えた。看板を発見!『滑床渓谷まであと2キロ』。今度は本当に2キロっぽい!(笑)「もうすぐやで、がんばろ」とようやくゴールが見えてきた私たちは、のどの渇きも忘れるほど、ハイテンションになり、ひゃあひゃあ叫びながらママチャリを走らせた。

滑床の美しい渓谷。近くには渓流を利用した自然の滑り台もある。(撮影・坪内政美)

そして、出発からおよそ2時間。ようやく私たちは滑床渓谷に到着した!目の前には、白いしぶきを上げて囂々と流れる川。ついに来たー!!滑床渓谷―――!!私たちは息を切らしながら、自転車をレストランの前に置き、いそいそとリュックを持って川へ降りていった。そう、ついにお楽しみのあのイチゴである。22キロを制した喜びをいざ分かち合おう、りかちゃん!!私はリュックからガサゴソとイチゴを取り出し、パックを開け、最初の一つを手に取ろうとした。と、その瞬間!!目の前からイチゴが消えたのである。あれ??イチゴは??・・川向こうに目をやると、サルである。私が開けたイチゴパックから、イチゴをつまみあげ、口へぽいっと抛りこみ、ヘタをぷっと出しながら、サルがもぐもぐと食べているのである。ああ、そうだった!!滑床渓谷といえばサル!!サルに気をつけろと何度も何度もあんなに言われていたのに、ああ、油断したあ~~!!ご褒美どころか、罰ゲームのような惨状である。すぐ目の前で、あんなに楽しみにとっておいたイチゴをサルにぺろりと食べられてしまった。川向こうで、その一部始終をただ見ることしかできなかった私たち。サルは、あっというまにイチゴパックをカラにして、ひょいひょいっとどこかへ行ってしまった。なすすべもなく、私は「ごめん、油断してもうた」とりかちゃんに言った。申し訳ない気持ちでしょんぼりしていると、「大丈夫、ここはレストランやし、ご飯食べて元気出そうや」とまたも明るいりかちゃん。私たちはとぼとぼ歩いてレストランへ向かった。そのメニューを見て、私はまたもやしょんぼりしてしまった。なんと「カレーライス1000円」と書いてあるではないか・・・イチゴ代を差し引いて、2人の手持ちを合わせて800円。完全に足りないではないか。

メニューの前で立ちつくしていると、「お食事ですか?」とウエイトレスのお姉さん。私は「お金がたりないので、あきらめます」というと、「2人でいくら持ってるの?800円か。じゃあ、きょうだけ特別に800円にしてあげるから、半分こしたらどう?」と神様のような提案をしてくれた。はらぺこで、イチゴをサルにとられた私たちは、お姉さんのその言葉に、迷うことなく「はい!!」と答えていた。お姉さんは、小さい2つのお皿にご飯をもりもりにして、アラジンの魔法のランプのようなカレーポットにルーを入れて持ってきてくれた。「少ないかもしれんけど、どうぞ」と言ってにっこり笑って。おいしかった。家で食べるカレーとは全く違っていて、おいしかった。ごろごろとしたジャガイモやニンジンの姿はなく、なめらかで濃厚なカレーのルーにはかむとほぐれるサイコロ状の牛肉のみ。「おいしいね、これで帰りもがんばれる」とりかちゃんが言った。りかちゃんは、無限の体力と無限の明るさを持っているなと、カレーの芳香に包まれながら、ママチャリ旅にはりかちゃんの存在が欠かせないなと私は感じたのである。「カレーおいしかったね-」と何度も大きな声で叫びながら、22キロの帰り道は行きの半分ほどの時間であっという間に終わったのだ。

この春、滑床渓谷のロッジがリニューアルオープンする。豊かな自然が味わえる、まるで森の中にいるかのような空間を再現した宿泊施設になっているとのこと。このところ、当時ほどサルの被害はないようだが、ロッジを利用する際にはくれぐれもサルにご注意!油断めさるなと、忠告しておきたい。たとえ食べ物は奪われても、楽しい思い出はサルに奪われることはないけれど。

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